相続の限定承認とは、「相続によって得た財産の限度においてのみ、被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して」、相続の承認をすることをいいます(民法922条)。
つまり、限定承認とは、プラスの相続財産の限度でのみ、相続債務(マイナスの財産)を負担するという条件付きの相続方法のことです。
「実家だけ相続したいけど、借金が出てきそうで不安」
「相続するとプラスよりマイナスの財産の方が大きいかもしれない」
「お母さんの形見のこの宝飾品はなんとか手元に残したい」
など悩みはたくさんある中で行動に踏み出せない方がたくさんいらっしゃいます。相続の手続きは複雑です。まずこの記事を読んで限定承認について学んでみましょう。
そもそも相続人は、相続をするかしないかの選択権を有しています。相続人が相続をするとの意思表示をすることを「相続の承認」といいます。他方、相続しないと意思表示することを「相続の放棄」といいます。
相続財産のうち、プラスの財産(資産)の方がマイナスの財産(負債)より多ければ、相続を承認するのが通常であり、その逆であれば、相続の放棄をするのが普通でしょう。ここまでは皆さんも特に異論がないと思います。
問題は、どちらが多いのがはっきりしない場合です。なぜなら、通常、土地家屋などのプラスの財産もほしいけれど、もし負債の方が多いのなら相続はしたくないからです。
このような場合には「限定承認」という方法が有効です。
限定承認をすると、まず、プラスの相続財産を元手にして、相続債権者(亡くなった方へお金を貸していた人・会社)に対して負債(相続債務)の弁済が行われます。
上記清算の結果、相続財産で支払い切れなかった相続債務については、相続人は責任を負いません。
他方、相続財産で相続債務や遺贈をすべて弁済しても、まだプラスの相続財産が残っていれば、それを相続人が承継することになります。
要するに、限定承認はプラス財産の範囲内でマイナス財産を清算する方法なのです。
この方法をとれば、相続財産のうち、プラスの財産とマイナスの財産とでどちらが多いのかが不明な場合に、相続債務を負うというリスクを回避しつつ、相続財産を承継できるかどうかを試すことができるのです。
破産手続きと似ている点
限定承認手続きは破産手続きによく似ています。破産手続きは、破産者のプラス財産の範囲で債務を弁済し、それを超過する債務については免責をすることによって清算をするものです。
限定承認の場合も、被相続人(亡くなった人)から相続人に相続財産(資産と負債)が承継されますが、プラス財産(資産)を超過する債務については承継しないので、プラス財産の範囲内で相続財産の清算手続きが行われます。
つまり、限定承認手続とは、被相続人から相続人に承継された債務につき、範囲を限定された相続財産を対象として、破産のときのような清算手続きが行われるのです。
限定承認のメリット
あとから隠れた借金が出てきても安心
相続放棄をするには、相続の開始を知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所に申述をしなければなりません。しかし、実際には、この期間中に相続財産のうちプラスの財産とマイナスの財産のいずれが多いのかを明らかにすることが困難な場合もあります。
不明だからと言って相続放棄をすると、次順位の者が相続人になり、同じ問題が先送りされてしまいます。また、プラス財産の方が多い場合も考えられます。
このような場合、限定承認という方法をとることによって、マイナスの財産を負わずして相続財産を清算できるというメリットがあります。
住んでいた実家は守りたい・・・。
また、マイナスの財産の方が多いけれども、居住している家を何とか守りたいという場合にも利用されることが多いです。
それが、限定承認者の「先買権(さきがいけん)」利用という選択肢です(民法932条)。
後で詳しく説明しますが、限定承認した相続人は、この先買権を行使することによって、相続財産のうちの不動産を優先的に買い取ることできるのです。
限定承認の方法を解説!できる場合とできない場合とは?
裁判所への申述
限定承認をするには、その旨の申述書を家庭裁判所に提出して許可(審判)を受ける必要があります。この点は、相続の放棄と同じです。
・共同相続人がいる場合の申述
相続人が複数いる場合には、共同相続人全員で限定承認の申述をしなければなりません。つまり、全員が一致して申述する必要があり、一部の者だけで行うことはできないのです。また、共同相続人のうちの一部の者が単純承認をすれば、残りの相続人が一致しても限定承認をすることはできません。
ただし、共同相続人のうちの一部の者が相続放棄をしたとしても、なお限定承認をすることは可能です。相続放棄をした相続人は、当初から相続人でなかったことになるので、それ以外の相続人全員で限定承認することができるからです。
よって、限定承認を選択する場合には、共同相続人間で十分話し合って、意思の統一をしておくことが必要でしょう。
申述期間は3ヶ月(熟慮期間)
限定承認の申述は、相続の開始を知った時から3ヶ月以内に行わなければなりません。
にもかかわらず、限定承認の申述手続きは相続放棄よりも煩雑です。
限定承認をするには、相続財産を調査して財産目録(財産のリストみたいなもの)を作成する必要があり、また、共同相続人全員の意思統一を図らなければなりません。そうすると、3ヶ月という熟慮期間で全部の財産を調査して相続人を全員集めて(気づいたら全く知らない相続人がいた、なんて話も・・)財産をどうするか決定しなければなりません。
場合によっては、3か月間で相続財産の調査が終わらないときもあります。そのような場合には、家庭裁判所に対し、理由を示して熟慮期間を延長してもらうよう申し立てることができます(これを「熟慮期間の伸長」と言います)。ただし、必ずしも熟慮期間の伸長が認められるわけではないので注意してください。
もちろん、限定承認の手続きを弁護士に依頼するという選択肢もあります。相続問題、とくに限定承認手続きに詳しい弁護士に依頼すれば、すばやく対応してくれるので安心です。(※)限定承認の申述は家事事件となりますので司法書士では扱えません。
相続財産目録の作成
限定承認の申述書には相続財産目録を添付します。財産目録については、知ることができた範囲の相続財産を記載すればよく、また、その価額まで記載しなくてもかまいません。相続財産には、不動産、動産、預貯金、現金、債権、株式などの資産のほか、借金や未払金などの負債があります。
負債については十分調査しないまま単純承認をしてしまうと、あとで判明しても放棄や限定承認ができなくなるので注意が必要です。
限定承認後の「法定単純承認」
では、共同相続人全員で限定承認をした後、その一部の者について足並みが揃わず、相続財産を使ってしまっていた場合、つまり「法定単純承認の事由」が生じた場合、限定承認自体は無効になってしまうのでしょうか。
法定単純承認とは、相続人が相続財産について処分をしたり、隠匿していたりした場合、その意思にかかわらず、単純承認したものとみなす制度です。
結論からすると、限定承認自体は無効(又は取消し)とはなりません。一部の相続人の行為によって、他の相続人が限定承認をできなくなってしまうのは不合理だからです。このような場合、限定承認の効力はそのまま維持されますが、その代わり、相続債権者は、法定単純承認をした相続人に対し、その相続分に応じて相続債務を弁済するよう請求することができることとしました(民法937条)。
実家は絶対に残したい!活用する「不動産の先買権」
被相続人の借金の方が資産より多く債務は相続したくないけれど、遺産の中に自ら取得したい財産がある場合には、限定承認をすることによってこれが実現できる、ということは説明したとおりです。つまり、先買権の行使です。
先買権とは、限定承認者が相続財産の全部又は一部を自ら買い受けたいと考えた場合に、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い、相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、競売を止めることができる、という権利です。
相続財産の中に不動産があった場合、本来、競売によってこれを売ってお金に換えて、借金(相続債務)の支払にあてなければなりません。しかし、競売されると、その不動産に居住している相続人は住居を奪われてしまいます。
このようなとき、限定承認をして、その手続きの中で、自ら不動産を買い受けることによって、自宅などを守ることができるのです。
どのような場合にこの先買権を行使するのか、具体例で説明していきます。
<ケース①>
父とその子が建物を共有していました。共有持分は1/2ずつですが、居住しているのは子のみです。その敷地(土地)はその子の単独所有です。そんなとき、父親は莫大な借金を残して亡くなりました。父親の遺産はさきほどの建物(共有持分)だけでした。
子は莫大な借金を相続したくないのですが、相続放棄をすると一緒に住んでいた建物の父の持分(1/2)は次順位の相続人に承継されることになって、その者との共有となってします。すると将来、その共有者からその持分を買い取ることができるか否かは不確実ですし、住んでいる家の権利関係に対して不安が残ってしまいます。
このようなケースでは、その子が限定承認をし、その中で先買権を行使することにより、父親の持分を適正な価格で、かつ、確実に取得できるのです。子は持分の買取代金を捻出するだけでよく、父の負債を承継することはありません。
<ケース②>
夫婦が子(1人)と一緒にマンションに住んでいました。そのマンションは、夫が住宅ローンを組んで購入したもので、団体信用生命保険に加入していました。そんなとき、夫は交通事故で亡くなりました。団体信用生命保険の保険金がおりて住宅ローンは完済となったため、そのマンション(査定額1000万円)だけが夫の遺産となりました。しかし、調べてみると夫には、合計2000万円の借金があることが分かりました。
妻と子は借金を承継したくないのですが、相続放棄をすると自宅を失ってしまいます。
このようなケースでは、相続人である妻と子が限定承認をし、その中で先買権を行使することにより、負債を承継せずに自宅を守ることができるのです。
ただし、妻と子はこのマンションを買い取るためのお金を、親族などから借りて工面する必要はあります。もし、妻もしくは子に定職があるなら、自ら住宅ローンを組んでこのマンションを買い取ることも可能です。
注意!みなし譲渡所得税とは?
前述したとおり、限定承認をすると、被相続人(亡くなった人)から相続人に相続財産(資産と負債)が承継されますが、プラス財産(資産)を超過するマイナス財産(負債)については承継されません。ここでの負債には未払いの税金なども含まれます。
この点、相続財産の中に不動産がある場合には、限定承認によって譲渡所得税が発生するときがあります。
不動産の譲渡所得税とは、不動産を売却したときの利益(値上がり益)に対して課税されるものです。限定承認がされると、被相続人が、相続によって不動産を譲渡したものとみなされ、被相続人に対して譲渡所得が課税されるのです(所得税法59条1項1号)。
ただし、この譲渡所得税についても、限定承認の清算手続きの中で債務として扱われ、相続財産を超える部分は承継されずに切り捨てられることになります。
家庭裁判所へ行こう!限定承認の申述後の手続きの流れ
- 申述受理の審判
相続開始を知った時から3カ月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、限定承認をしたい!と申述をして、審判をしてもらわなければなりません。
限定承認をする旨の申述書には相続財産目録(プラスとマイナスの財産が全て載っているもの)を添付します。相続財産目録には、相続財産としてどのような資産や負債があるかを記載しなければならないので、事前に相続財産の内容を調査しておく必要があります。
申述書の内容に不備や不明点があれば、裁判所から「これはどういうことですか?」と問い合わせや追完の指示が出されます。不備がなく無事に申述が受理されれば、申述受理の審判がなされ、その旨の通知書が届きます。
- 相続財産管理人の選任
限定承認申述受理後の手続きは、限定承認者が全員で行う必要があります。限定承認者が一人であれば問題ありませんが、共同相続人がいる場合には全員で行うのは煩雑で連絡を取り合うのも大変です。
皆仕事や、都合もありますので、家庭裁判所は相続人のうち1人を相続財産管理人に選任します。相続財産管理人は、自ら限定承認者であると同時に他の限定承認者の法定代理人という立場となります。
- 請求申出の公告・催告
限定承認申述受理後は、限定承認者(相続財産管理人)は相続財産の清算手続きを開始します。
まず、限定承認受理後5日以内に、すべてのお金を貸している人(相続債権者及び受遺者)に対し、「限定承認をしたこと及び一定期間内にその請求の申出をすべき旨」を官報(誰でも見れるもの)に公告しなければなりません。この公告には期間内に申出がない場合日は弁済をしない旨を付記し、公告期間も2カ月以上でなければなりません。
また、公告の時点ですでに判明している相続債権者や受遺者に対しては、官報公告とは別に、前記のような申出を個々に催告しなければなりません。
この公告は、すべての相続債権者に平等に弁済をするために行うものなので、(官報に決められた期間載せることで、後々知らなかった、聞いていなかったとは言えないよ)この公告期間中は、一部の相続債権者に弁済をすることは禁じられています。
- 相続財産の管理・換価
限定承認者(相続財産管理人)は、相続財産を管理しつつ、それを現金に換えるために売却などの処分を行います。
- 鑑定人選任の申立
相続財産の換価のための処分は原則として競売です。ただし、限定承認した相続人には、相続財産を優先的に買い取ることができる権利(先買権)が認められています。
限定承認をした相続人が、相続財産である自宅にそのまま住み続けたいような場合には、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価額を自らの財産で弁済をすれば、競売を回避して、その財産を取得することができます。
- 相続債権者への弁済
官報公告期間が満了後は、相続財産を換価した金銭から、相続債権者に対し、その債権額に按分して弁済をします。
余剰があれば、請求を申し出た受遺者にも弁済します。
- 残余財産の処理
判明した相続債権者や受遺者に弁済をしてもなお、相続財産に余剰があれば、以下のように清算します。
①官報公告期間中に請求の申出をしなかった相続債権者や受遺者で、限定承認者(相続債権者管理人)が知らなかった者から弁済の請求があれば、その者に弁済する。
②さらに残余財産がある場合には、限定承認者がこれを取得し、共同相続人がいる場合には遺産分割をすることになります。
限定承認のまとめ
以上で、限定承認手続きは終了です。いかがだったでしょうか。ご自身で進めようとするとどうしても親族間での調整に気を揉むことが多いと思います。こういう時こそ費用は安くはありませんが、プロフェッショナルの弁護士に依頼して精神的な負担を減らすということも重要です。
シン・イストワール法律事務所では相続のご相談、もちろん「限定承認」についても随時ご相談を承っております。お気軽にご連絡ください。